VOICE

マーク・リーボウが語る、祝祭と抵抗のギター・イズム

2026年夏の到来を告げる音楽の祭典「FESTIVAL FRUEZINHO 2026」の開催が目前に迫っている。今回の目玉として最も熱い視線を集めているのが、鬼才ギタリスト、マーク・リーボウ率いる伝説的ラテン・プロジェクト「ロス・クバノス・ポスティソス」の15年ぶりとなる来日ステージだ。

本インタビューは、筋金入りのファンである音楽家の君島大空氏がそのルーツと演奏論に迫るパート1、そして30年近くにおよぶバンドの歩みや機材との格闘、さらには現代社会への鋭い反骨精神までを紐解くパート2の2部構成でお届けする。

インタビュー全体を通じて印象的なのは、リーボウのどこか皮肉っぽくもユーモアに満ちた唯一無二のキャラクター。時にトランプ政権やガザの情勢といったアクチュアルな政治的イシューへ直言を辞さないその語り口からは、彼が奏でるギターさながらの、知的でスリリングな緊張感がビシバシと伝わってくる。

頭も身体も揺さぶる「身体的祝祭」の直前。この言葉の凄みが本物であることは、まもなく開催されるステージが証明してくれるはずだ。 
(構成・文)早坂英貴<Hideki Hayasaka>

異国情緒やノスタルジー「ここではないどこか」は、どこから来るのか?
――君島大空が訊いたマーク・リーボウの音楽の根源(ルーツ)
小見出し(どこでも自由に入れれます)

君島大空:セラミック・ドッグのライヴは来日のたびに通っていますし、ザ・ヤング・フィラデルフィアンズの渋谷クアトロのライブは格好良すぎて爆笑して涙が出たのを覚えています。ロス・クバノス・ポスティソスでの来日は 15 年ぶりですが、今このバンドで演奏するのはどんな気持ちでしょうか。

マーク・リーボウ:"Reunited and it feels so good." ──再会ってやっぱり最高だね。
※「Reunited and it feels so good.」は1978年のピーチズ&ハーブの全米1位『Reunited / 恋の仲直り』の一節

君島大空:自らも歌うことについて、どのように考えているのでしょうか。ぜひ聞かせてください。

マーク・リーボウ:僕の声はとっても……"個性的"でね(笑)。"個性的"って、まあ、褒めてるとは限らないやつの"個性的"だよ。でも、これしか持ってる声がない。声のほうが僕の中に住み着いてる。

君島大空:様々なスタイルのバンド、ソロでの作品や参加作品を聴いてきて、あなたの音楽、ギターからはどこかに通底した異国情緒やノスタルジー、そこへの羨望のようなロマンチックな情景を感じます。

先日『Marc Ribot Plays Solo Guitar Works of Frantz Casseus』(マークが師匠であるフランツカセウスの楽曲を取り上げた1993年の作品集)を改めて聴いていてあなたの一つの根幹を成している音楽なのだろうと思いました。フランツ・カセウスからの影響や、思い出などあればぜひ聞かせてください。

マーク・リーボウ:フランツは、僕が子供の頃から先生であり、友人であり、ほとんど家族みたいな存在だった。実家のホリデーの集まりでギターを弾いてくれているのを、ずっと聴いて育った人でもある。

「ここではないどこか」という繋がりは今まで意識したことがなかったけれど、確かにそうだ──ハイチ、アフロ・キューバン、そして僕自身のユダヤ文化において、亡命(エグザイル)というテーマは表面のすぐ下に必ず流れている。

ただ、ガザでジェノサイドが進行中の今、この話をするからには、こう言っておかなくちゃいけない。この亡命の感覚は、人間という存在そのものに根ざした実存的なもので、すべての人類に共通している(「資本主義に内在するものだ」と付け加える人もいる。ただ、僕のかつての東欧出身の友人たちもそれなりに疎外されているように見えたから、そこは正直よくわからない)。それは、祖先がかつて住んでいたとかいう物理的な不動産と神秘的に合一することで"解決"できる類のものじゃない。

※リーボウ自身ルーツがユダヤ系である。直前のガザ言及を受け、「祖先の土地への帰還によって離散(ディアスポラ)の苦しみが癒される」というシオニズムの神学的核心を批判している。「神秘的合一(mystical union)」はキリスト教神秘主義の用語で、神と魂が一体化する究極の宗教体験を指すが、リーボウはあえてこの語を使って、土地と民族の一体化を約束する政治神学を皮肉っている。「物理的な不動産(physical real estate)」という即物的な言い換えも、聖地の神聖視を意図的に脱魔術化する表現]

君島大空:あなたの演奏は、爆発力や動物性と非常に様々なジャンルにおいてのギターのアカデミックなアプローチが同居していると思っています。前述の質問に似てしまいますが、曲にアプローチする際に考えていること、イメージなどがあればぜひ聞かせてください。

マーク・リーボウ:毎回ミステリーなんだ。ただ耳を澄ましてる。そうすると、ある瞬間に──不意に、そこに"それ"が現れる。

なぜ今、このバンドは戻ってきたのか

―ロス・クバノス・ポスティソスは、断続的とはいえほぼ30年にわたってあなたの活動の一部であり続け、このプロジェクトの本質として常にアルセニオ・ロドリゲスの存在がありました。

―今回初めてこのバンドをライヴで体験する人たちに向けて、まずアルセニオの音楽に惹かれたきっかけ、そしてこれだけ長く彼の楽曲を自らのタッチストーン(試金石)として保ち続けてきた理由を聞かせてください。

―また彼の録音との関係は時間とともに変化しましたか? 90年代後半とは違うものが今そこに聴こえていますか?

アルセニオ・ロドリゲスは、エリントンとジミヘンと足したような存在

マーク・リーボウ:ニューヨークのダウンタウンに住んでると、いつもカリブの音楽が周りにあった。ソン、サルサ、クンビア、プレーナ……それに"ダウンタウン"のシーンでも、ブーガルー、ジョー・バターン、ミンク・デヴィルみたいなCBGB界隈のバンドとか、けっこう大きな存在だった。で、その音楽のルーツを辿ろうとして行き着いたのが──アルセニオ・ロドリゲスだったわけだよ。とにかくすごいアフロ・キューバンのバンドリーダーで、作曲家で、トレス奏者で、ソン・クバーノの創始者。キューバ音楽におけるデューク・エリントンとジミ・ヘンドリックスを足したような存在だと思ってる。そう、聴くたびに新しいものが聴こえてくるよ。
※ソン、クンビア、プレーナは、それぞれキューバ、コロンビア、プエルトリコに起源を持つラテン音楽のダンスリズム。ブーガルーは1960年代にニューヨークで流行した、ラテンとソウルを融合させた音楽。ジョー・バターンはブーガルーを代表するミュージシャン、ミンク・デヴィルは同時代のパンク・ロックバンド
※CBGBとは、ニューヨークに実在した伝説的なライブハウス(2006年閉店)。パンク・ロックやニューウェイヴの潮流を生み出した聖地として知られている。

フェンダー・ジャガーとトレスは隠れた血縁?

―あなたは「自分は機材オタクではない」とよく口にしますが、キューバン・トレスにはどんな奏者も付き合っていかざるをえない構造的な不安定さがあります。複弦のコース、完全には飼い慣らせないチューニング、互いに干渉して鳴り合う弦──奏者が誘導することはできても、完全には制御しきれない響き。あなたが使用している62〜63年製のジャガーもそれと似たことを奏者に要求してきます。強めにピッキングすると弦がずれ、イントネーションがリアルタイムで補正を要求してくる。マスタリー・ブリッジを導入したもののすぐに撤回した。きっちり作りこんだら「"ファンキーさ"が抜け落ちてしまった」、というエピソードも過去にありましたよね。

―ジャンルも地理もイディオムも違うこの二つの楽器が、もっと深いところで血縁関係にあるのではないか──不完全さを抱え込んだまま道具と交渉する奏者にこそ報いるという意味で。この並置を意識したことはありますか?

マーク・リーボウ:それぞれの楽器に、それぞれの秘密の性質と、それぞれの抵抗の仕方がある。君の質問のほうが、僕の答えよりずっと的確にこの問題を言い表してるよ。そう、楽器との"格闘"には僕を惹きつける何かがある。それぞれの楽器の小さな欠陥は、同時にその美しさの源泉でもあるんだ。
※トレス(キューバン・トレス)とは、キューバの伝統的な弦楽器。ギターに似ていますが、3コース(2本で1組の弦が3対、計6本)の複弦を持つのが特徴
※マスタリー・ブリッジは、弦ズレを防ぎチューニングを安定させるために開発された現代の高性能カスタムパーツのこと。

トム・ウェイツ、矢野顕子というこれまでの共演者たち

―トム・ウェイツとの仕事は1985年の『レイン・ドッグス』から最新のセッションまで、もう40年近くにおよびます。当時の録音がどう響いたかについては書き尽くされてきたけれど、僕がむしろ知りたいのは、その長い関係が2026年の今あなたにどう見えているかということ。トムの制作プロセスについて、あるいはあの時期の自分のプレイについて、今は違う形で理解できていることはありますか?  

―日本の読者向けに一つ脚注を加えるなら、多くのファンがまずトム・ウェイツのレコードを通じてあなたのプレイに出会い、その後、矢野顕子のツアーなどであなた”を再発見”した。
"誰か他人の音楽世界の中"で、自分の領域から離れて演奏するそうした経験は、ギタリストの役割というものについてのあなたの考え方を、どんなふうに形作ってきましたか?

マーク・リーボウ:まったくその通り。誰か別の人間として──というか、その人のヴィジョンを実現しようとしてる時にこそ、自分が一番"自分"でいられる瞬間がある。トムも顕子も大好きだ。そして、そういう経験の残滓を必ず持ち帰ってきて、それが自分という人間を少し変えていく。

まさに同じ川は二度渡れない、っていうやつだね(笑)

ベースのブラッド・ジョーンズについて

―ブラッド・ジョーンズは、ジャズ・パッセンジャーズの頃まで遡って、ずっとあなたの音楽的軌道の中にいる人物です。彼について僕が興味深いと思うのは、経歴に固有のディテール──ベーシストになる前にまずドラマーだったということ。その来歴は彼のプレイに固有の痕跡を残しているように聴こえます。ベースを和声的なアンカーとしてではなく、パーカッションの会話の中の一つの声として聴く、というリズム的な知性。すでにパーカッショニストが二人いて、ポリリズム的な領域でやり取りしているバンドの中で、その資質は非常に特定の形で効いてくるはずです。クバノス・ポスティソスにブラッドが持ち込んでいて、他のベーシスト──たとえどんなに優れた奏者であろうと──には完全には供給できないものについて、聞かせてもらえますか?

マーク・リーボウ:ブラッドとは古い付き合いさ──80年代後半にジャズ・パッセンジャーズが結成される前まで遡る。

彼にはグルーヴへの深い感覚がある。それに、お互いのジョークで笑える仲だ。それ以上に何が要る?
※ジャズ・パッセンジャーズは、1987年にニューヨークで結成された前衛的なジャズ・バンド。マーク・リーボウやブラッド・ジョーンズが初期メンバーとして在籍していた。

キーボードのブライアン・マルセラの役割

―クバノス・ポスティソスのキーボードの席には、それ自体辿る価値のある系譜があります。本来であればアンソニー・コールマンがいますが、2026年ツアーでそのポジションを引き継ぐブライアン・マルセラは、ジョン・ゾーン人脈という接点は共有しつつ、別の角度からやってきた。我々がよく知るシロ・バプティスタとの仕事や、ブラジル寄りの諸作を聴くと、ラテンのイディオムによってすでに耳が、より統合された形で形成されている奏者という印象があります。マルセラの自然な流暢さは、バンドの響きをよりキューバ的にするのか──それとも、コールマンのアウトサイダーとしての立場が生んでいた生産的な緊張を取り去ってしまうのか。この変化を、あなた自身はどう聴いていますか?

マーク・リーボウ:ブライアンはとにかく素晴らしいプレイヤーで、別件があったアンソニーの代役を引き受けてくれたことに感謝しているよ。

祝祭と抵抗――なぜ今、クバノス・ポスティソスが復活したのか

―クバノス・ポスティソスは、あなたの仕事のなかでもっとも直接的に身体に、ダンスフロアに、肉体的な祝祭につながったバンドです。西欧の批評家はそれをある種のパラドックスとして扱ってきた──まるで"アヴァンギャルド"と"ダンサブル"が対立カテゴリーであるかのように。あなたはその枠組みを何度も穏やかに、しかし的確に訂正してきた。

―演奏空間について一つ補足すると、FESTIVAL FRUEZINHOはまさにこの種の音楽に向けて、ある意味で特異なほどに研ぎ澄まされたオーディエンスを育ててきた場です。──頭でも身体でも動かされることを期待し、その差異に不安を感じない聴き手たち。昨年、まさにこの立川のステージにジョン・メデスキとビリー・マーティンが立ち、会場は本当に踊り狂っていた。彼らの次にクバノス・ポスティソスがやってくるというのは、ちょっとした心地よい巡り合わせがあります。

マーク・リーボウ:僕は自分のどのプロジェクトでも、内臓レベル、身体の芯に響くような繋がりを求めてる。……クバノス・ポスティソスのギグは、僕らにとってもファミリーの同窓会みたいなもので、特別な意味がある。あの曲たちに戻ってくるたびに、関係が深まっていくんだ。

―このグループはあなたの活動のなかで独特の位置を占めてきました──セラミック・ドッグのような継続的なユニットではなく、むしろ特定の瞬間が呼び出した時にだけに戻ってくるバンド。1998年の諸作、2011年の来日、2024年のカドガン・ホールでの復活、そして今回の立川。このバンドがあなたのキャリアの内側でどう生きてきたかを振り返ってもらえますか──章と章の間で休眠している継続的プロジェクトとして体験しているのか、それともその瞬間が要請した時に呼び戻すものなのか。

―あなたのプロテスト・ソング集のプロジェクト『Songs of Resistance』に最も顕著なように、政治的・社会的な空気に直接向き合うアーティストとして、このバンド特有の役割を今どう捉えていますか?  2026年、ますます分断していく世界において、身体的な祝祭と集団としてのダンスに根を張ったバンドを呼び戻すこと自体が、ひとつの抵抗の形たりうるでしょうか? 

マーク・リーボウ:ダンスとレジスタンスの本質的な繋がりについて理論化するのは、デイヴィッド・バーンに任せておくよ。

僕にとって明らかなのは、世界制覇をたくらむファシストのアメリカ乗っ取りに対抗するには、その両方が必要だってことだ。そう、まさにドナルド・トランプのことを言ってる。

FESTIVAL FRUEZINHO 2026
日時 | 2026年6月13日(土) 開場 11:00 / 開演 12:00 / 終演 21:00
会場 | 立川ステージガーデン
出演者 |
Arsenal Mikebe
GEZAN ft. Arsenal Mikebe
Marc Ribot Y Los Cubanos Postizos
PANDIT PRAN NATH 30th Urs Celebration
with SARA, YUMIKO OHNO and TERRY RILEY
Sam Gendel & Sam Wilkes
Sonoko Inoue with Tetsu Nishiuchi | 井上園子 with 西内徹
Takuro Okada | 岡田拓郎
チケット |
【自由席】
中高生割:5,000円
U25割:11,000円(枚数限定)
早割1:16,000円(枚数限定)
早割2:17,000円
前 売:18,000円
当 日:19,000円
【2F指定席】
早割1:21,000
早割2:22,000
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